忘れ女たち08/10/2011 tokyo-yaesu-10/14 [日刊忘れ女たち]
小学生のときからの習癖で
平松事件のことを語らなくてはならないのに
渋谷スクランブル童貞事件のことを語り出したくなるのだから
あたしには確実に影が生まれていて
彫刻のようなこゝろになっていると
云えるのだろうか
このように遠心分離してゆく自分を
あたしはずっと許して愛している
平松くんも
とべよし子さんも許してくれている
愛してくれている
らしい
かどうか確かではない
渋谷スクランブル童貞事件の語り出しを乗りこえて
ここまで来たのだから
平松くんのことを
飛沫くんと呼んでいた
とべよし子さんはその頃は週に三回マダムるのいで
働いていたのだが
九州熊本の古里で兵船ジャズ喫茶つくって
秋の朝顔のように生きている
飛沫くんが四年ぶりに店に現われたのを
あたしに伝えたかっただけなのだけれど
眼が水色に燃えあがっていて
あたしは紙の月ジャズ店の階段をころげ落ちながら
飛沫くんを待ち伏せたのだ
飛沫くんとは
平松くんのことだぜ
事件の頃は
まだ平松くんだった
事件のあとに確かに飛沫くんに様変わりをした
様変わりと云っても
平松くん自身が変わったわけじゃなくて
あたしたちの平松くんに対する想いが少しずつ変わってゆき
呼び名が飛沫くんと変わっただけだけれど
それは確かに平松くんが変わったと云うことなんだ
平松くんは変わった
あたしに呼び止められても
呼び止められても
平松くんは立ち止まらなかった
あたしは呼び止められたら
かならず立ち止まって
意気投合し
それがふりでも
次の世界を探そうとする
そんな平松くんだと信じて疑わなかった
でも平松くんは
少しずつ飛沫くんに変わっているところだったんだ
おい平松
それでいいのかよ
あたしは
酩酊に恐怖がチャンポンとなり
一人でブルーブラックなタクシーに乗り込み
使いはじめた携帯電話で
マダムるのいのとべよし子さんに
そんな恐怖を罵倒の言葉に変えて
ぶつけたのだ
こんな事件
思い出すのもう止めようぜ
あたしは平松くんも
飛沫くんもとべよし子さんも
そんな思い出とおなし位
愛しているのさ前言撤回のつもりで
生きているのさ許しているのさだ
平松くん
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